ゲキカン!


俳人、文芸評論家 五十嵐秀彦さん

演劇シーズンでは毎回1本は「キッズ・プログラム」として子供向けの演目が組み込まれている。子供向けと言ってもぼくはもう知っている。
演劇シーズンで上演される作品で、キッズ・プログラムがなにより見逃せないということを。
なぜ? それはいろんな要素があるのだけれど、意表を突かれる体験ができるのが刺激的なんだよなぁ、と思いつつ元町の「やまびこ座」に向かっていた。
強い雨が降っていて、客足はどうかなと心配しつつ開演15分前あたりで到着。ロビーに入ると劇場の中から、開演前なのに歌声と手拍子が聞こえる。
これはビフォーイベントで、この日はあまつぶドロップの二人組が出演していた。
毎回、趣向を変えたイベントが開演前に用意されているらしい。待ち時間に子供たちを退屈させないようにという気づかいだろう。
すばらしい企画。お得感があってこういうのは好きだ。

いるいる。小さなお客さん。そして付き添いの大人たちがその倍ぐらいいるぞ。
開演直前のアナウンスで早くも人形が舞台に出てくると、期待感が会場に湧いてくるのがわかる。子どもたちは反応が素早い。
緞帳が上がる。
トランク機械シアターは人形劇なのだけれど、人形を操作する人も全身登場する仕様だ。
そうです、人形浄瑠璃方式です。
操作する人を極力隠すのが人形劇の常道かもしれないけど、これもある。
浄瑠璃と違うのは、人形を操る人が同時に役者としても動いているところだ。
人形だけでは表現できないところまで役者自身が演じているので、表現の幅が実に大きい。さらには影絵も活用していて、シンプルながらダイナミックで奥行きのある舞台となっていた。

人形もかなり大きめ。これが幼い子たちにはとてもリアルな幻想となって迫るのだろう。
小さい子たちが釘づけになってゆく様子を見るのもキッズ・プログラムの醍醐味。
大人はワクワクしてもじっと眺めているだけなのに、子どもたちはワクワクを体や声で表現する。反応が見える。
これは演じる側にとっても、たまらない感覚だろうなぁ。

「サツホロ」にやってきた「アルファ―」と「つぎはぎ」。
ここは国際都市のようで、いろんな国の人たちが集まっている。ここでアルファ―たちはパステル王国から来たアイドルのパペポと出会う。お互いに言葉の壁にぶつかるのだが、それを乗り越えて友だちになってゆく。
ところがサツホロにパステル人が増えることをにがにがしく思っているスーツ大臣が権力を利用してパステル人を排斥しようとする。
最後はアルファ―たちが差別や弾圧を乗り越えるという勧善懲悪物語で、小さい子たちにもわかりやすい内容だ。
そして大人たちは、あれ?これっていまの状況に似てないか? と思ったことだろう。
けれど、この作品が出来たのが2017年で、コロナ前の札幌の街の様子から着想を得たと知ると、なんとも予言的な内容に驚いてしまう。

大人たちは現在の社会そのものの問題を突きつけられる思いだったのに違いない。子どもたちは単純に勧善懲悪物語に心躍らせていた。それでいい。
けれど、きっと小さい人たちの記憶には大事なことが残ったのではないだろうか。

異質な人たちをいじめるやつらがいることを。
嘘をついてひとびとをだまそうとするエラぶったやつがいることを。
自分を守りたくて本心ではないのに悪の側につく人もいることを。
反対する人たちをつかまえてとじこめる人のいることを。
ともだちになりたいという思いが国境を越えて平和を求めることを。

劇場を出ると雨はあがっていた。
なんだか、ぼくは気分が良くて、ひとりニヤニヤしながら帰ったのだった。

五十嵐秀彦(いがらし ひでひこ)
1956年生れ。札幌市在住。俳人、文芸評論家。
俳句集団【itak】代表。現代俳句協会理事。
北海道文学館理事。
北海道新聞「新・北のうた暦」(共同執筆)、「道内文学時評」執筆。
朝日新聞道内版「俳壇」選者。
月刊「俳句」(角川書店)「令和俳壇」選者。
著書 句集『無量』(書肆アルス)
1995年 黒田杏子、深谷雄大に師事。
2003年 第23回現代俳句評論賞受賞。
2013年 北海道文化奨励賞受賞。
2020年 藍生大賞受賞。
作家 島崎町さん


僕ねえ、この劇、3回観ましたからね。

2017年11月の初演、2019年2月の演劇シーズン、そして今年2025年8月、演劇シーズンでの再演。

そのうえで言いますが、これは名作です。

いきいきとしたキャラクター、二転三転するストーリー、ザクッと突き刺さるメッセージ。最後はあたたかく、観終わって豊かな気持ちになれる。

初演から8年たってすでに名作・クラシックとしての風格すら漂わせている本作ですが、それでいて何度観ても新鮮、毎回、登場キャラクターたちに心打たれるんです。

ほぼ毎年、各地で公演しているそうなので、やる側もそうとう熟(こな)れている。だから観てるこっちもリラックスして、冒険物語を楽しめる。

この熟れ感、リラックス感はとても大事。なぜならこれは、こどものための劇だから(もちろん大人も楽しめる)。ふだんとは違う非日常の空間にやってきて、知らない人たちに囲まれ暗いなか、お芝居を観るなんて、こどもにとってはやっぱり不安でしょう。

だけど舞台には愛らしい人形たちがいて、にこやかな操者がいる。とても自然に、心地よくお芝居の世界へ連れていってくれる。

それにしても、こどもたちが集中して、こんなにも食い入るように劇を見つめるものなんだなと毎回感心する。つくり手が、こどもたちのために全力で、いろんな工夫をして作品世界をつくりあげているからだろう。

たとえばストーリーのすべてを理解できなくても、この子とこの子は仲良くしようとしているんだなとか、なんかうまくいってないみたいだぞとか、自然にわかるようにできている。

それは、顔の向きとか姿勢とか、ふたりの距離、口調の明るさや速さ。照明、光から生まれた影、音楽……あらゆるものを組み合わせているからだ。

大人は、セリフの言葉を聞けばそれだけで意味や関係性を理解できる。だけどそうはいかないこどもたちに対して、いくつもの表現手段を使い、なおかつシンプルに伝えようとする。この劇は、ほんとうにお芝居のお手本のようだ。

こどもだけじゃなく大人にも、というのは常套句だけど、お芝居など創作活動にたずさわる人にとっても必見の舞台じゃないだろうか。

僕はこの劇を3回観たと書いた。前に観た2回分の感想も「札幌観劇人の語り場」にあげてある。

現実を少しだけ変えるために トランク機械シアター『ねじまきロボットα ~ともだちのこえ~』(2019年2月)
大人になってなにを思うだろう/トランク機械シアター『ねじまきロボットα~ともだちのこえ~』(2017年11月)
どちらもこの劇の、寓話性について触れている。現代社会への痛烈な批判と、こどもたちへのメッセージについて。初演から8年、2019年の演劇シーズンから6年。しかし状況はあきらかに悪くなっている。

言葉の違う存在を排除するのではなく、どうやったら友達になれるのか。この劇の主人公、アルファは考える。しかし、現実社会では多くの大人たちはそれを放棄してしまっている。

こどもたちはこの劇を食い入るように見つめるだろう。大人たちは? メッセージの鋭さにたじろぐだろうか。それとも、アルファやその仲間たちから、現実に立ち向かう勇気をもらうだろうか。

トランク機械シアター『ねじまきロボットα~ともだちのこえ~』。こども向けのすぐれた作品がいつもそうであるように、こどもたちを楽しませ、大人たちを深くえぐる。

島崎町(しまざきまち)
作家・シナリオライター。2025年3月『ぐるりと新装版』をロクリン社より刊行。上の段と下の段に分かれ回しながら読む変な本として話題に。YouTubeで「変な本大賞決定会議」を配信中。 https://www.youtube.com/channel/UCQUnB2d0O-lGA82QzFylIZg
漫画家 田島ハルさん

劇場のやまびこ座にはおよそ一年ぶりに訪れた。その時に観たのは劇のたまご公演「アラジンと魔法のランプ」。大人も子どもも一緒に観て笑って、お茶の間で家族が集まってテレビを観て和んでるような幸せな時間を過ごした。今回観る劇もちびっこ大歓迎のキッズプログラム、それも人形劇とのことで、わくわくしながらやまびこ座を訪れた。

物語の主人公は「アルファー」という頭のてっぺんにねじがついたロボット。仲間のロボット「つぎはぎ」と一緒に、「サツホロ」の街へと旅立ち、さまざまなおともだちと出会う冒険の物語だ。

個性豊かでチャーミングなキャラクターが次々と登場する。
好奇心旺盛で勇敢な男の子のアルファー。登場するたびに舞台がパッと明るくなった。
何度も頭のねじが止まって身体がパッタリ動かなくなるポンコツなところが弱点だが、その不完全さが良い。周りの仲間たちがねじを回してようやく立ち上がるアルファーとその仲間たちの助け合える関係が素敵だった。
ものすごく足が遅いつぎはぎに対しても、「いいよー」と許してあげるおおらかさ。
これはファンタジーの物語だが、現実でも思いやりと優しさのある世界になってほしい。客席のちびっこたちにもそんなメッセージが届いたら嬉しい。もちろん大人にも!

パステル王国からサツホロの街にやってきたアイドル「パペポ」はパステル語でお話しするキュートな女の子。アルファーと言葉は通じなくともハートで通じ合える場面が印象的。
パペポの応援隊長「アラビック」はバンダナとケミカルウォッシュジーンズを身に纏ったヲタの完全武装で、妙に頭が大きくて何度も倒れそうになるたびに笑ってしまった。
パペポのマネージャー「マネマネ」はせかせかと動いてパペポより目立つくらいの存在感だ。ああ、こういう人いるなあ…。

パステル人を差別しているサツホロのえらい大臣「スーツ大臣」は物語のなかで悪役キャラであるにしても、どこか憎めない、一番人間くささを感じるキャラクターだったと思う。
スーツ大臣の手下にあたる、おそうじ係の「クリン」に対して、「難しい言葉はえらい人のわがままを隠すためにある」という台詞には大きく頷いてしまった。

スーツ大臣のわがままのせいでアルファーたちは大ピンチに陥るのだが…。
アルファーとパペポの友情の行方は?
アラビックのヲタ芸は披露されるのか?
物語の行方やいかに…。

人形に魂を吹き込む役者さんたちも素晴らしく、表情のない人形がまるで笑ったり泣いたりして見えるから不思議。
マネマネ役の三島祐樹さんの人形を凌駕する迫真の演技が妙にツボに入ってしまった。

カラフルなクレヨンで描いた飛び出すしかけ絵本のような、わくわく、楽しいプレゼントが客席の皆に贈られた劇だった。
パステル語で感想を言うなら、「パオー!パンキュン」かしら。
(何と言っているかは劇をご覧になってお確かめください。)

客席のちびっこたちの舞台へ向ける眼差しがまっすぐに輝いている。大人も子どもも皆で一緒に笑い合う、やまびこ座では幸福な時間が流れている。

田島ハル
札幌生まれ札幌在住の漫画家・イラストレーター。小樽ふれあい観光大使。飛鳥未来きぼう高等学校 札幌駅前キャンパス イラストコース講師。2007年に集英社で漫画家デビュー。角川「俳句」で俳画とエッセイ「妄想俳画」を連載中。
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北海道大学文学部4年 關ひなのさん

 小学3年生の頃、家族で徳島へ旅行に行った。こじんまりとした民泊に、同年代のイギリス人の男の子がいて仲良くなり、連絡先を交換した記憶がある。お互いの言語を全く理解できなかったにも関わらず距離を縮められたのは、子ども特有の無垢さがあったからではないだろうか。子どもの頃は、自分と相手の差異など考えず「ただ目の前の相手と仲良くなりたい」という純粋な動機で近づくのに、人は「大人」になると、いつの間にか損得勘定で動いてしまう。観劇をしながら、ふとそんなことが頭をよぎった。

 トランク機械シアター『ねじまきロボットα~ともだちのこえ~』の舞台は、架空の街「さつほろ」。αシリーズの要である主人公「アルファー」とその友人「つぎはぎ」は、辿り着いた「さつほろ」の地で、アイドルをしている女の子「パペポ」と出会う。彼女は日本語が話せず、「ぱぴぷぺぽ」を巧みに使った言葉を発していた。それもそのはず、彼女はパステル語を公用語とするパステル王国のパステル人だったのだ。少々戸惑うアルファ―だったが、パペポのマネージャー「マネマネ」の通訳によって、彼女の言葉を少しずつ理解していく。また同様にパペポの方も徐々に日本語が話せるようになっていく。両者の歩み寄りによって、2人は「ともだち」になる。

 しかし、物語はそう単純には進まない。古今東西、物語には必ず起承転結が存在する。本作における“転”は、「さつほろ」の偉い人であるスーツ大臣がパステル語、具体的には「ぱぴぷぺぽ」の使用を禁止するという展開であろう。一方的にパステル人を悪と決めつけ、該当する者を例外なく排除することで理想の街を作ろうとする。かなり風刺の効いた内容であることをご理解いただけるだろう。

 誰もがSNSを通じて容易に発信できるようになった現代では、内容の如何に関わらず、情報は一瞬で拡散される。そしてその拡散数が増えれば増えるほど、まことしやかに語られるようになる。同調圧力が強い日本人ならなおさら「数が多い=正しい」という思考に陥りやすい。パペポを熱心に応援していた日本人の「アラビック」が、パステル人の悪い噂が広まるにつれ彼女に対して疑心暗鬼になる場面は、その象徴であろう。

 言ってしまえば勧善懲悪の物語である。しかし本作がどのようにして勧善懲悪を成し遂げるのか、ぜひ見届けていただきたい。

 本作は人形劇である。舞台上には「モノ」としての人形と、それを操る演者とが存在し、その二者が融合することで芝居が成立している。トランク機械シアターの舞台は操り手が完全に見えるスタイルだが、演者を観ていたつもりでも、いつの間にか人形に目が引き寄せられていた。しかも、無機質なはずの人形が笑ったり、落ち込んだりしているように錯覚してしまったのである。これこそ、「人形劇の魔力」ではないだろうか。演者の表現次第で、人形はいくらでも「生きた存在」として昇華できるのだと実感した。

 舞台装置は非常にシンプルで、中央に大きな布と可動式の台が置かれているだけである。その空間を人形たちが自由自在に行き来する。その「何もなさ」故に観客はそこに無限の想像を膨らませられる。例えば私はスーツ大臣が登場した際、空に暗雲が立ち込めていたのを確かに感じ取った。

 開演は、演者による「観劇中の注意」に関する歌から始まる。ユーモラスな歌なので是非こちらにも注目してほしいのだが、気づけば歌が終わり、緞帳が上がっている。現実と芝居の境界がシームレスなのだ。アルファ―やつぎはぎ、パステル人たちの物語は空想ではなく、私たちの住む「さっぽろ」の街でも起きているのかもしれない。

 一応「キッズプログラム」として位置づけられている本作だが、私はむしろ大人こそ考えるべき深いテーマを扱った作品だと感じた。会場で地域の児童会館に通う子供たちとすれ違ったが、彼らが20年後にもう一度この作品を観たとしたら、どのようなことを考えるのか気になる。小さなお子さんがいる「ゲキカン!」読者の方には、お子さんとの夏休みの思い出作りとしてもおすすめしたい。

關ひなの(せきひなの)
2003年生まれ。釧路出身・札幌育ちの道産子大学生。
札幌南高校を卒業後、北海道大学文学部に進学。大学では、映画から舞台へのアダプテーションなど、映像と舞台の関係について学んでいる。
観劇が趣味で、年間30本ほどの舞台を鑑賞。なかでも宝塚歌劇の作品に特に魅了されている。
北海道文化放送が運営するWEBメディア「SASARU」のライターとしても活動中。
来春からはテレビ局に就職予定。
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